任務を終えた露弾は銃を納めたケースを手に、次の任務に向かっていた。
作戦通りであれば今頃はブラックハウンズの誰かがターゲットの死体を回収しているはずである。
後始末のことなど気にも留めない彼だったが、今回ばかりは顛末が気にかかっていた。報告によれば零は無事にミッションを完了したらしいが――
(ケルベロスにでも聞いてみるか?)
いつもは通信のたび悪態ついてしまう自分の上司の声を思い浮かべつつ、諜報部になった零がこれからどうするのか気になってしまう。
自分と同じように、死線と隣り合わせの任務にひたすら送られ続けるのか。
それとも。
(ああ! イラつく)
深く考える事が大嫌いな露弾がそうせざるを得ない、もやもやした状況に頭を掻きむしる。自分らしくないのは分かっていても胸のざわめきが収まらなかった。
(考えても仕方ねぇだろうが。露弾、オマエよ)
早朝の、まだ街の全てが起きていない公園に着いた露弾は、次の現場に向かうために約束のベンチに座った。公園の中でも人があまりこない場所にある、その背中合わせの長ベンチには、いつもの手順通りであれば指令の書かれた何かが残されてゆくはずである。とりとめのない零への気がかりと、かといって何かができるわけでもない苛立ちは、すでに任務を終えて疲れていた露弾をまどろみへと導いた。
木々のざわめきと朝をよろこぶ小鳥達のさえずりの心地よさも手伝って、こくりこくりと、気づけば露弾はほんの数分、眠ってしまっていた。
殺気を感じれば反応できるとはいえ、やはり調子が狂っているなと頭を振った彼に、はつらつとした愛らしい声が掛かる。
「お待たせしました!」
彼はギョッとした。
少女が目の前に立っていたのだ。
「オ、オマエ……」
「はじめまして、美代零です! 的場露弾さん……ですよね?」
「……」
自分の想像とあまりに違う、明るく元気な態度に戸惑いが隠せない。
「本っ当にごめんなさい! 私、服汚しちゃって――着替えてたら遅れました」
深々と頭を下げる零を見ていた露弾は途方もない違和感に襲われる。
「汚れたって、返り血のことか?」
「はい!」
「ハッ! とてもそうは見えねぇんだが?」
「そうですか?」
「ああ。命のやりとりをしてきたにしちゃあ、キレイすぎんだよ」
「それは、着替えてきたからで――」
「違ぇよ」
露弾は零の顔を指して言う。
「殺しをやった後にしちゃあ、何もねェんだよ」
長年の経験で培った独自の人相術である。
どんな人間も殺し合いのあとはその残滓があるものだと、彼は信じていた。
喜怒哀楽、なんでもいい。
殺した側の人間は命を奪ったあとの感情が、性格が、顔に出るものだ。
「そのクソみてぇな演技、今すぐやめろ」
零はきょとんとしていたが、どうやら露弾にはこのような自分が合わないのだと判断した。みるみるうちに天真爛漫な輝きは失われ、冷たい本性が顔を出す。
「分かった」
無表情で、抑揚の無い声。
ああ、確かに。
これが零だろうと露弾は腑に落ちた。
「で、何のようだ? テメェみたいなガキがよ」
「?」
何がわからないのかが分からない、そういったリアクションを零が返す。
「オレは次の任務を待ってんだ」
「うん」
「だから! ガキはさっさと家に帰れってんだよ!」
零は首も傾げず、表情筋を何ひとつ動かさずに目の前で駄々をこねる青年を観察し、理解できないとの結論に至った。
「よくわからない。私とあなたはバディのはず」
ぽかんとする露弾。
「は?」
「たぶん、指令の読み落としじゃないかな」
急いで露弾は手持ちの端末を見直す。
「任務の報告書、読んでないの?」
「うるせェ! 黙ってろ!!」
先ほどこなした任務の報告書を開き、露弾は愕然とした。
そこにはこうあった。
『ラストバレットと美代零、双方の能力をテストした結果、事前の予測通り相性は良好である。ラストバレットは1人で部隊を組まずとも、敵対勢力を制圧可能な戦力を有し、その実力は精神的な不安定さに目を瞑って余りある。部隊運用には適さないが単独任務では十二分にナンバーズに相応しい。一方、不安定さを補って安定させる施策も必要と考えられる。ちょうど実戦投入を模索していた美代零は、年齢による経験不足はあるものの、知能の高さはブラックハウンズにおいて現時点ですでに傑出している。ラストバレットと美代零をバディにすることは、精神的成長と実践経験を通じ、長期的に互いの不足を補い合って相互成長を促すと予想されるため、2人で任務に当たらせる試験的運用の開始を決定した』
露弾はうめいた。
つまりこの平気で子供を動員する血も涙もない組織は、オレに子供の面倒を見させることを通じて「大人になってくれ」と言っているのだ。
「ねぇ、読んだ?」
報告書を読み終えた露弾は、かろうじて端末を地面に叩きつける衝動を抑えつつ、零に返事をする。
「……ああ」
「そう。じゃあ早く行こう」
淡々と先を促す零の態度に納得がゆくはずもなく、露弾は彼女の前に立ちはだかる。
「答えろ。オマエ、これからどうするつもりだ?」
彼にしては珍しく、極力自身を暴発させないよう、極力怒りを抑えつつも怒りを滲ませた声色で零に問いかけた。
「どうって?」
「クソみてぇな仕事だ。明日なんてねぇ、いつ死んでもおかしくねぇんだ。だたブッ殺し、ブッ殺されるだけの毎日――それ分かってんのか?」
露弾の今までの人生と、それに対する彼の心境を示唆する言葉に対しても、
眉ひとつ動かさず無機的に少女は答える。
「わからない」
「あ?」
「わからなくても、任務はできる」
露弾のこめかみに青筋が走る。
「話聞いてンのか? 死ぬかもしれねェんだぞ?」
「そうだね」
「死にてェのか?」
立て続けに任務と関係があるとは思えない質問攻めをする青年の、意図がわからずに答えが見つからない零は事実を答える。
「それは私が決めることじゃないと思う」
少女の答えに露弾は沈黙する。
彼は完全に理解した、自分がどうすべきかを。
幼いころに両親を失ってから、ずっと与えられた任務に従うだけだった露弾の心が初めて、自分自身に対して指令を下した。
「分かった。じゃあ俺が決めてやる」
ポケットから拳銃を出して告げる。
「今すぐ死ね」
無表情な零の額に、拳銃が突きつけられる。
朝陽だけがふたりを見つめ、銃身が鈍く光る。
そして、露弾は撃鉄を起こした。