フレアと零が広間に着くと、中央では客たちが円座になって捕われていた。隣り合う者同士の手足が紐で繋がれていて、全員で協力しないとうまく動けないよう対策が施されている。
「遅かったな……なんだそのガキは」
フレアと同じ顔の男性が零を訝しげにジロリとにらむ。一見双子のようでもよく見れば顔つきは全く違い、フレアのように子供を慈しむような感じはなく、猜疑に満ちた険しい風貌をしている。
「ごめん、兄貴。ちゃんと探したつもりだったんだけど」
「見落としがあったと?」
「うん」
その男、兄貴分のバーンはフレアに近づくとじっと目を合わせて見つめる。
「嘘をついてるようには見えねぇな」
「と、当然だよ!」
「ああ、別に疑ったわけじゃねぇんだ。ただの確認だ……さて」
バーンがおもむろに左腕の内側を抑えると、勢いよく皮膚が花弁のように開いて、隠されていた黒色の仕込み銃が姿を現した。流れるように銃口が零を捉えて――
轟音。
短い悲鳴。
「おい、何してる」
「兄貴こそ何してるんだ!?」
硝煙が立ち昇っているバーンの左腕をフレアが掴んでいる。
間一髪、弾丸は零から逸れていた。
ようやく事態に頭が追いついたのか、少女は膝から崩れ落ちてぺたんと座り込む。
「遊びじゃねぇんだぞ」
「でも、なんで子供を!」
理解できないとばかりに責め立てる弟分に対して、バーンは客達を指す。
「10人だ」
「え?」
フレアは兄貴分の言わんとすることが理解できない。
「10人。俺たち兄弟も10人だった……ヴォルク、ファイア、ブレア、フレイ、ヒート、メルト、ラヴァ、バルカン。みんな道半ばで山に還っちまった」
「う、うん」
「俺たちはアイツらのためにも必ず成功しなきゃなんねぇ。違うか?」
「そ、それはそうだけど」
「10で人質と兄弟の数が合っちまってる。偶然にしちゃぁ出来過ぎだ」
バーンは零を指す。
「そこにこのガキだ。フレア、お前はちゃんと確認した。なのにこいつは突然現れた。しかも11人目としてな……ああ、わかってる。合理的なことは言ってねぇ。だがな、俺の直感が警告してんだよ。コイツは不吉だとな」
フレアはうめいた。
自分たち北国の人間の中には、この世界では珍しく炎を祀る火車神教を信仰している者がいる。火車信徒は神を信じているためか、偶然の一致などの験担ぎを大切にする傾向があるのだが、特にバーンはそのきらいが強いことを知っていた――そして長兄の直感がたびたび兄弟たちを救ってきたことも。
だが、フレアにも譲れない時がある。
「落ち着いてよ兄貴。俺が探し足りなかっただけだと思うんだ。この子は何も悪くない」
「おい、遊びじゃねぇって言っただろうが。手ェ抜いてたのか?」
「真剣だったさ。それでも見落とすことはありえるよ」
「納得できるかよ。お前がいい加減なことやるとは思えねぇ」
「ミスはあるよ――俺たち、人間だろ?」
人間であること。フレアが本気の時に言う口ぐせだった。
一歩も引くつもりがない弟にバーンは押し黙る。
「……分かった。だが納得はさせてもらうぜ」
バーンは仕込み銃を閉じて腕に戻すと、兄弟のやりとりの行く末を震えなら見つめていた零をぐいと引っ張り起こす。
軽いな、と彼は思った。
いくつかの疑念のうち、少女の姿をしたサイボーグである可能性は、年齢相応の重さによって払拭された。
続けてフレアにしたようにじっと目を見つめる。
怯えた目だ。
バーンにも確かに、零は心の底から震え上がっていて、ひたすら自分の命が助かりますようにと神に祈っている、ように見えた。
なるほど一見、いや何度見てもおかしなところは見当たらない。
だが。
「おい。おまえ、名前は?」
「み、美代零、です」
「そうか」
くるりと踵を返すと客に向かって怒鳴る。
「テメェらの中にミシロってヤツぁいるか!?」
急に塁が及んだ客たちは、驚き、戸惑いながら答えに窮した。
「このガキの身内がいたら名乗り出ろ!」
バーンはざわめきをよそに今度は零に問いかける。
「おかしいよなぁ。お前みたいなガキが、なんで独りで銀行なんかにいる?」
「え……?」
「身内はどこだ?」
「わ、私ひとりで来ました!」
「そんなわけあるか。テメェみたいなガキ、まず入店できねぇだろ」
「本当です!」
全く零の言葉を信じないバーンはフレアに問いかける。
「なぁ兄弟。こんなガキが独りで銀行にいやがる。真っ昼間だろうが、真夜中だろうが、不自然だとは思わないか?」
バーンの指摘にフレアは言葉に詰まった。
「それは……」
「普通の銀行ならよ、入口で入店拒否られるはずだぜ。どうやってAIをごまかしたんだ?」
「信じてください! 私、本当にひとりで――」
「兄貴!」
零をかばうようにフレアが叫ぶ。
「防犯カメラを見てみようよ」
「何言ってやがる。そもそも入れるはずがねぇ」
「そうかな。俺たちこの国に慣れてないじゃないか。ひょっとしたらAIで確認してないのかもしれないよ」
「思い込みだと?」
「かもしれない、ってことさ」
バーンはため息をつく。最期まで自分についてきた弟、フレアはあまりにも優しい。自分たち”クローン兵”は人間たちに都合よく生み出され、使われ、ただ搾取されてきた。だからこそバーンのように自身を優先する者もいれば、逆に身を挺して他人を優先する者もいる。フレアはまさに後者だった。
同じ遺伝子から生み出されたクローンなのにこうも違うものかとバーンは自嘲し、またどこまでも甘い愚弟を愛おしく思い、決めた。
「分かった。確認しよう」
バーンは窓口のアンドロイドに命令する。
「おい、防犯カメラの映像にあそこのガキは映っていたか?」
アンドロイドが反応する。
「お客様、そのご質問にお答えするだけの権限が私にはありません」
「もしお前が答えなければ人質を痛めつけるぞ。再考しろ」
「わかりました。検討します」
うんざりするやりとりだった。
アンドロイドというものはAIを搭載した人型ロボットだ。しかし一方で人間のようではあるものの、どこまでも造物主の都合の良いように仕組まれた人形にすぎない。不自然に感じないようにはされているが、結局のところ応対は手続き的で、無機質さは拭えないものだ。
「承知しました。ご質問にお答えします」
「そうか。で、あのガキは映ってたのか?」
「はい」
「……本当か?」
「モニターに出力させていただきます」
アンドロイドは耳の後ろから取り出した有線をモニターにつなぐと、画面をバーンとフレアの方に向けた。
そこには確かに、銀行に入ってくる零の姿が映っていた。
「おい、この銀行はガキが独りで入るのを許可しているのか?」
「いいえ。ただご覧いただいたように、同時に大人が似たような歩速で入店していると、稀に親子と誤認することがございます」
「今回がそうだと?」
「分かりかねます。私にできることは情報を開示することであり、ソフトウェアの誤認率の適正さについては――」
「分かった、もういい」
機械的な説明を制止する。
「承知しました。ところでお客様」
「なんだ」
「外部から私を経由して、共和国捜査局の方から通信が入っております」
遠く離れたビルの上から、露弾は銀行前のざわめきを観察していた。
「こちらラストバレット。ケルベロス、応答せよ」
『こちらケルベロス。どうした?』
「騒がしくなってきやがった。何があった?」
『行内で発砲があったようだ』
「おい、大丈夫なのか?」
『問題ない。銀行内への通信は、交渉用ホットラインだけは生きているからな。それを利用して諜報部が上手く情報操作している』
「いや、でもよ」
『気持ちは分からないでもないが。普段の君なら、このくらいのイレギュラーに動じないはずだぞ』
「……ああ、かもな」
『だが零の身の安全はともかくとして、明らかに空気が変わった。このままでは、恐らく想定シナリオの中ではかなり早いパターンだ。共和国捜査局がマスコミとのパイプを材料に、人質解放を優先するかもしれない』
「アイツは間に合うか?」
『マスコミと捜査局、双方に対して諜報部が遅延工作を行う手筈だ。なんとか狙撃予定時刻までは持たせる』
「だと、いいけどよ」
露弾の心は零の安否で占められていた。